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最高裁判所第三小法廷 昭和55年(オ)774号 判決

上告人

甲野太郎

右訴訟代理人

鶴見恒夫

樋口明

被上告人

検事総長

辻辰三郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人鶴見恒夫、同樋口明の上告理由について

内縁関係により懐胎出生し、民法七七二条の類推適用により父性の推定をうける子についても、認知の訴の提起にあたつては出訴期間の制限に関する同法七八七条ただし書の適用があることは、当裁判所の判例(昭和四四年(オ)第七六九号同年一一月二七日第一小法廷判決・民集二三巻一一号二二九〇頁)とするところであり、いまこれを変更すべき要をみない。これと同趣旨の原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(服部高顯 環昌一 横井大三 伊藤正己 寺田治郎)

上告代理人鶴見恒夫、同樋口明の上告理由

第一 原判決の判断には、判決に影響をおよぼすことが明らかな法令の解釈を誤つた違法がある。

すなわち、原判決は本件認知請求は民法第七八七条但書により出訴期間経過後の不適法な訴であると判断しているが、上告人は父母の内縁中に懐胎され亡父一七との間に父性認定をうけかつ社会事実的には全面的に父子の実体を備え、かつ上告人出生後に父母が出生届をしているものであり、この場合には民法七八七条但書の適用はないものと解すべきであるから、右適用ありとした原判決は法令の解釈を誤つている。

一、原判決は同条但書の立法趣旨を「父または母の死後も長期に亘つて身分関係を不安定な状態におくことによつて身分関係に伴う法的安定性が害されることを避けようとするにある」とし、本件にも右条項但書の適用がある理由として「主張事実によると上告人が花子と亡一郎との間に出生した子であることの事実上の推定を受け、なお、その後花子と亡一郎が婚姻したことは前記のとおりであるが、成法上上告人は婚外子たることに変りなく、これに右制限の例外を認めることは、その制限を設けた趣旨を没却するおそれなしとせず」と判示している。

右のうち、立法趣旨として述べられたそのこと自体は正しいと思う。しかし、現在の認知制度が認知請求者の利益保護を本質とするものであることからすれば、右立法趣旨は、より正確にいえば、認知請求者の利益保護と、父母の死後に身分関係を長期に亘り不安定のまま放置する弊害を防止する必要との調和を求めたものというべきである。したがつて、具体的に考察して右のような弊害が全く考えられず、請求者の利益との権衡上むしろ期間経過後も子の救済が図られるべき場合には、本条但書の適用はないとの解釈を認めるべきである。この点、具体的考察をすることなく「とにかく婚外子であるから」ということで例外を認めない原判決は右条項の解釈を誤つている。

ところで、上告人の出生は一時的な男女関係によるものでなく、内縁関係に基因するものである。内縁関係は貞操義務、同居義務等夫婦としての実際の生活関係が婚姻関係と実質的に同一であり、法的にも準婚として承認され、この法的保護は内縁関係にある父母の子にも及び民法七七二条の類推適用により内縁の夫の子として父性推定をうけるに至つている。上告人もまた亡一郎の子と推定される子である。この上告人が父性推定をうける内縁子であることと亡父一郎と母花子が上告人の出生後婚姻届をして法律上も完全な夫婦となつていること、及び亡一郎は長期間上告人を実子として養育しており、社会生活上は全く法的父子と同一の実体を有していたこと等の諸事実に鑑みれば、この場合に訴提起期間制限の例外を認めても前記のような弊害は全く考えられない。したがつて、本条項の解釈によつて、せつかくの父性推定を無意味ならしめ血縁的にも事実的にも父子関係あるにもかかわらず、法的父親を得ることのできない子の不利益をこそ救済すべきである。父性推定をうける内縁子について民法七八七条但書の適用がないとする学説も多く存在する所以である。(我妻栄・法律学全集「親族法」二四四頁、於保不二雄・家族法判例百選旧版八四頁)

二、認知制度は、親が自己の子とするという親の意思による意思主義ないし主観主義の段階から、自然的親子の事実にもとづくという事実主義ないし客観主義の段階に発展してきている。母子関係の成立については、事実主義ないし客観主義が徹底されて民法七七九条の明文にもかかわらず、婚外母子関係も原則として認知を要しないとされている。民法第七八七条但書の解釈も、このような認知制度の性格の発展段階から無関係でありえない。本来事実主義ないし客観主義を徹底すれば、死後認知の訴提起期間の制限は純論理的にはありえないこととなり、右制限が前記の身分関係の安定の面からの立法趣旨により特に設けられたものであるとしても、少なくとも緩やかに解釈されるべきである。すなわち、父性推定を受ける内縁子は自然親子の事実の存在の推定をされているのであるから、これに限定して同条項但書の適用はないとの解釈は当然承認されるべきである。

三、父性推定をうける内縁子についても民法七八七条但書の適用があるとする最高裁判決(第一小昭和四四年一一月二七日)が存在するが、以上に述べてきたとおり右判決は変更されるべきであると考える。

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